日本三大神勅の中に,「天壌無窮の神勅」(てんじょうむきゅうのしんちょく)というものがある。
古事記によると,天照大御神が,天照大御神の孫である邇邇芸命(ににぎのみこと)を地上の世界へ下すときに,「この豊葦原瑞穂の国は,汝知らさん国ぞと言依さし給う」と命じている。

この意味は,天照大御神が邇邇芸命に,「産業を興して,国を安定させ,国民を一つにまとめよ。」と語ったことにある。つまり,ここまでやらないと,国を治めたことにならない。天照大御神は,自分の子孫である天皇に「武力で平定するのではなく,産業を興して,天皇を中心に国民の生活を安定させなさい。」と命じているのだ。

これを知ると,明治政府が,一貫してアイヌ保護政策をとり,アイヌに対して,授産と教化を進めてきたのもうなづける。

欧米の植民地政策では,現地の人に教育を施さず,道路や橋を作ってインフラを整備したり,土地を与えたり,薬を与えたりしない。ただ,奴隷として,労働力として,働かせ,その国の金銀などの資源を掠奪するものであった。インドでも,インドネシアでも,ペルーやフィリピンでも同じである。

しかし,明治政府は,同じ日本人で同胞であるアイヌの人の窮状を救う目的で,明治26年(1893年)に,加藤正之助によって第5回帝国議会にまず,北海道土人保護法が提出され,アイヌ自身代表を送り法案の成立を目指して国会に陳情している。
これ以前も,明治政府は,アイヌの人に授産と教化を進めてきましたが,その効果があがりませんでした。その最大の理由が,アイヌが貨幣経済に馴染めかったためとされている。彼らは,物々交換で暮らしていた。
そのため,一度,明治24年に道庁が,授産指導を廃止すると,アイヌの中には,再び耕地や漁場を捨て放浪する者もあり,彼らの土地や漁場は,焼酎一本で,人手に渡ることもあった。
こうしたアイヌの窮状を救う目的で出されたのが,北海道土人保護法である。

この法案がなんら差別的でないことは,その条文を見れば,わかる。
第一条では,農業をしたいというアイヌがいれば,一戸につき土地1万5千坪を無償で与える。
第二条では,前条で与えられた土地は,相続以外は他に譲渡できない。
(契約に不慣れなアイヌが和人に騙し取られるのを防いだ)
第四条では,貧窮の者には,農具や種子を給付し,第五条では,自費で病気を治せない者に薬代を支給した。第六条では,埋葬料を支給し,第七条では,授業料を支給した。

これを見ると,誰でも,明治政府が,アイヌを保護しようとしたことがわかる。
旧土人という言葉が,差別的という指摘がありますが,当時,土人という言葉に差別的意味はない。
「アイヌ先住民族,その不都合な真実20」(的場光昭 展転社)によると,土人が差別的と認識され始めたのが,昭和47年頃とされている。

いずれにしろ,旧土人保護法を読むと,政府は,アイヌを保護しようとしていたのは,明白である。中には,アイヌの人をだます人もいたかもしれないが,それは政府の方針ではなく,その人個人の資質の問題である。
あくまでも,明治政府の意思としては,アイヌを保護しようとしていたことに間違いはない。
天壌無窮の神勅を読めばわかることだが,わが国の統治原理には,搾取という概念はない。
アイヌの人たちが安定して暮らせるよう,「天壌無窮の神勅」の精神により,法律を作り,保護しようとしたのである。

北海道新聞ばかり読んでいると,いかにも,和人がアイヌを搾取したような記事ばかりが載っているが,北海道新聞の記者自体が,この旧土人保護法及び天壌無窮の神勅について,知らないのであろう。
もしくは,知っていて無視しているかだ。
また,搾取されたと連呼している一部のアイヌの人がいるが,その人も差別を商売にするのではなく,歴史の真実に目を向けてほしい。

参考図書 日本国体の真実 馬渕睦夫 ビジネス社
     アイヌ民族って,本当にいるの? 的場光昭 展転社